ベトナムからのボートピープル
ベトナムからのボートピープル
ボートピープルの大部分は都市部で商業を営んでいた華僑が占め、香港、マカオの難民収容所の7割は、中国系ベトナム人であった。[1] ベトナムのボートピープルは、香港が自発的に「第一収容港」となってから圧倒的に香港に向かうようになったため、20年以上にわたって香港の深刻な社会問題(越南船民問題)となっていた。経済的な負担や犯罪の増加、ベトナム人による暴動などが香港人にとって大きなマイナスとなったが、香港政府は始終温和な政策を取っていたため、最終的な決着は2000年までつくことがなかった。
社会主義化に伴う資産制限・国有化、また中越戦争による民族的緊張により、大量の華人が移民もしくはボートピープルとしてベトナムから国外に流出した。統一後、111万1000人の華人がベトナムから第三国に移住し、在ベトナム華人人口は1975年145万人から1987年28.5万人にまで減少している。
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